葉の上の小さな世界、渓流から旅立つトンボたち
2024年 夏
ミーンミーン、セミの声が響き渡り、樹冠の間から見える夏の青い空。林内の木々は葉っぱをいっぱいに付け、濃い緑に覆われるようになりました。陽ざしのかかる木の葉の上でも営まれる生き物の暮らし。森の中でも、ひときわ涼しげな場所、渓流。木々の葉っぱと渓流をのぞいてみませんか。
一人じゃないって素敵なことね
開けた明るい林に入っていくと、大きな葉を広げていた木がありました。アカメガシワです。春に赤い新芽を出して夏になると、別の仲間のカシワのような大きな葉になるのでこの名が付いています。葉の根元にはなにか小さな虫がいます。目を近づけてみると、小さな2匹のアリ。アリのいるところには茶色の斑点がありました。
いったい何をしているのでしょう。アリたちはアカメガシワの蜜をなめていたのです。植物が出す蜜といえば、真っ先に思い浮かぶのは、チョウやハナバチが訪れる花の蜜。アカメガシワのように葉っぱから蜜を出す植物もあるなんて、とっても不思議。アカメガシワには、葉の根元に茶色の斑点模様をした一対の腺体(せんたい)があり、糖分を含んだ液が出ていて、よくアリが訪れるのです。
大事な栄養をアリにあげているとは、アカメガシワにとってどんな利益があるのでしょうか。葉の上にアリがたくさんいると、葉を食べる虫たちはアリを嫌がって出ていってしまうのです。でも、アカメガシワの出す蜜はいつでも出ているわけではないようです。蜜が出ないときにはアリたちは葉の上を動きまわって葉の上に産み付けた虫の卵なども持ち帰ることもあります。葉全体がアリの食事場だったとは驚きです。アカメガシワにとって、アリたちは葉を守るボディガードなのですね。アカメガシワとアリ、互いに手を組んだパートナーシップができていたのですね。
旅に出るぞ!すみかを変える動物たち
高尾100年の森を流れる渓流。サラサラと流れる水の音は涼やかさを感じさせてくれます。渓流沿いの木々の間をひらひら飛んでいたのはカワトンボの仲間。渓流沿いをゆったり飛ぶ大きなトンボの姿に出会うと思わず、見とれてしまいます。カワトンボは幼虫(ヤゴ)のときには渓流の水の中。卵から孵化した幼虫は2~3年の間、水の底にたまっている落ち葉の中で暮らします。幼虫は夏に羽化し、成虫となって渓流から森へと飛び立ちます。幼虫のときには隠れて過ごすので捕食者はあまりいませんが、羽化は水面から出た石や枝の上で行われるので、鳥やカマキリ、カエルなど補食者の多い大変危険なときなのです。それでも森へと旅立つのは、子孫をつなげるために乗り越えなければならない大切なことなのですね。
渓流の木々をしばらく見てみると、薄暗い木の枝にぶら下がる大きなトンボがいました。ミルンヤンマです。幼虫は落ち葉のたまった水の中に住んでいます。羽化したあとの成虫は日中の暑い時間をさけて、涼しいときに飛び回るトンボ。早朝と夕方しか動かない、たそがれ好きなトンボです。夏を上手に過ごすトンボかもしれません。渓流の上にかかる木の葉の上でじっと止まっていたのは小さなトンボ、ヒメサナエ。幼虫は砂礫に潜って暮らすので、砂礫も多い高尾100年の森を流れる渓流はぴったりな環境です。
トンボたちにとって、高尾100年の森の渓流はそれほど広い環境ではないのですが、無事羽化を終えた後は、森がすぐ近くにあって、とっても居心地のよい場所のようですね。
管理でよみがえる森の動植物たち
木々が伐採されて高尾100年の森は4年目の夏を迎えました。この暑さを待っていたかのように、夏でも陽当たりのよいところを好む花々が次々と咲き始めています。袋を下げたような花を付けているのはホタルブクロ。草原のように明るくなった林の斜面で咲いていました。黄色い花でよく目立っていたのはダイコンソウ。ダイコンソウは下草刈の際に茎はよく刈られてしまいますが、根際の葉が残っていればほぼ再生する強い植物です。小さな黄色い花をたくさんつけていたのはキンミズヒキ。陽がよく当たるとより大きく育つ植物です。
広々とした草地の空間を求めて蝶たちもやってきています。夏になって新たな世代が羽化したゴマダラチョウ。この蝶は夏が深まると、活動範囲も広がり、さらに色鮮やかな姿が目立つようになります。葉の上に止まっていたのはウラギンシジミとコチャバネセセリ。両種とも水を吸うのが好きなので、葉っぱについた水を吸いにきたのかもしれません。
間伐された結果、陽当たりの良い場所を好む植物、その植物を利用する動物が増え、さまざまな生き物たちのすみかが生まれています。